2022.05.05

【対談小説 第1話 その1】未病やWell-beingの可能性について聞いた5月の寒い金曜日のこと

novel001cover

SHDのCEOである亀ヶ谷正信氏。氏がWell-beingや健幸度®をテーマにSHDを起業したのは、「未病」や人間の自然治癒力に可能性を感じているからだった。可能性を感じられるようになったきっかけは、氏自身が体験したある病にある。亀ヶ谷氏が体験したこと、そこから得た気付き、社会に投げかけていきたいメッセージを、5月のまだ寒いある金曜日の夜、都内のある場所で聞いた。


ほどほどに天気の良かったゴールデンウィークが終わった。
日中の東京は早くも夏の気配だというのに、日が暮れるとまだ寒い。
それでも、今夜雨が降らなかったことは救いだ。

連休が明けて間もない金曜午後5時。
新宿駅からほど近い、路地裏の隠れ家のような店にいる。

引き戸を開けて店に入ると、奥に向かって伸びる厨房と、それに沿って並ぶ10席ほどのカウンター席。カウンターの後ろには4人掛けのテーブル席が10卓ほど並ぶ。
隠れ家のような表の佇まいからは想像できないくらいには店内は広々としている。

時間が早いためか、ほかにお客はおらず静かだ。

乾杯

グラスが立てた乾杯のカチンという音が鈍く響く。
ビールジョッキに口をつけておもむろに一口飲んでから、亀ヶ谷氏が話し始めた。

「20代の頃は小売業の店舗で店長として働いていたんだ。品出しや重いものの上げ下げを毎日やっていた。僕はもともと体育会系で、体力には自信があってね。父が社長をやっている会社で働いていたんだけど、その当時まだドラックストアという業態が世の中にない時代で、とにかく伸びていくぞ!という会社の雰囲気だった。成績を挙げた人が偉い、挙げていない人はダメと、業績至上主義で白黒はっきりした社風だった。そういうなかで僕も成績を挙げることに躍起になっていた」

体育会系を自認する亀ヶ谷氏は小学2年から空手、中学に入って剣道、中3・高校・大学は柔道と、武道一筋で来たそうだ。

「ドラッグストアが世の中にない時代というのは想像しづらいですが、それって何年頃のことですか?」

「そうだねぇ。僕が29歳とかの時だから、2000年とか2001年ごろかなぁ」

「わずか20年前…その頃はまだドラッグストアの黎明期だったんですね。店舗の仕事は体力勝負で大変そうです」

「20代だったので、体力的にはきつくなかったんだ。どちらかというとマネジメント方面のことが大変だったかな。店長だったので、人が思う通りに動いてくれないとか、思った通りにいかないというもどかしさがあったね」

話の切れ目を見計らって、小鉢が運ばれてきた。
ホタルイカの酢味噌和え。さりげなくミョウガが添えてある。
このメニューを食べられるのは、今年はこれが最後かもしれない。
ゴールデンウィークの終わりは春の終わりでもある。

ホタルイカの酢味噌和え

「業績至上主義の会社で、頑張って業績を挙げたいと思っている時に、人が思う通りに動いてくれないというのは、ストレスになりますね。そういう中で、ご体調を崩されていくということですが、どうなっていったんですか?」

ホタルイカを箸で掴みながら聞いた。

「今にして思えばという話なんだけれど、ある時から手足が冷えてしょうがなくなったんだよね。僕は冬でも暑い暑いと言っているような人間だったのに、寝る時に靴下や手袋が無いと眠れないくらいに手足が冷たくなった。それから、腰も痛い感じがあったんだ。柔道をやっていたころに腰を痛めたこともあったので、疲れが溜まって古傷が痛んだのかなと思って、整体や針に通ったりもした。だけどよくならなくてね」

ここまで話して、亀ヶ谷氏はジョッキに残ったビールをグッと飲み干し、カウンターに向かってジョッキを差し出した。おかわりの合図だ。

それとタイミングを合わせるように、スーツ姿の二人連れが引き戸を開けて入ってきた。
常連客のようで、厨房の中にいる大将と親しげに言葉を交わしながら、奥のほうのテーブル席に着いた。

亀ヶ谷氏が続きを話し始める。

「ある日、会議の席で、腰が痛くて椅子に座っていられないことがあった。進行役の人に『どうしたの?』と声をかけてもらったんだけど、腰が痛いという話をしたら、『そんなに痛くて仕方ないなら帰って』と言われてね」

話に水を差さないように配慮していただいたのか、黙ってビールが運ばれてきた。
テーブルに置かれているジョッキはキンキンに凍っていて、いま冷凍庫から出されたことが分かる。
それが常温の世界とビールの温度に触れて、急速に溶けていっている。

「それまで整体や針、病院に通って『筋肉が凝ってるんでしょ』と言われていたんだけれど、会議で椅子に座っていられないのもおかしいし、帰ってから起きてられないほど痛いのも変だと思って、MRIを撮れる病院を探してそこできちんと診てもらったんだ」

引き戸が開いて三人組が入ってきた。
50代に差し掛かった上司に連れられた20代と30代の部下、という風情だ。
店の人の案内に従ってテーブル席に着くと、3人でハイボールを注文した。

その奥では先に来たスーツ姿の二人組が刺身の盛り合わせを頬張っている。
今日のオススメはマグロと鯛だと言っていたっけ。

「MRIを撮ってもらったら、何が分かったんですか?」

「MRIの画像を見せられながら『これは腰椎ヘルニアだね』という診断になったんだ。動けないから、そのまま入院して治療することになった」

過去の痛みを思い出すように語る亀ヶ谷氏。
手に握られたジョッキから、水滴が滴り落ちていくのが見えた。

(続きは 【対談小説 第1話 その2】腰椎ヘルニアを切らずに治した経験から得た深い実感 をクリック)