2022.05.06

【対談小説 第1話 その2】腰椎ヘルニアを切らずに治した経験から得た深い実感

居酒屋カウンター

かつてドラッグストアの店長として働いていた亀ヶ谷氏。働き盛りのある日、腰椎ヘルニアだったことが発覚する。働き尽くめだった亀ヶ谷氏はどのような治療をしたのか。仕事との両立は大丈夫だったのか。引き続き、5月のまだ寒いある金曜日の夜に話を聞いた。
前回記事⇒未病やWell-beingの可能性について聞いた5月の寒い金曜日のこと(クリックで記事へ)


お手洗いから戻ってくると、焼き鳥の盛り合わせが運ばれてきていた。

焼き鳥

「串焼き5本盛り」

この店の看板メニューだという。
確かに、見るからに焼き加減がいい。

飲み干したビールジョッキをカウンターに置いて、ハイボールを頼んだ。

店内にはさらにお客が増えた。

最初に入ってきた常連らしき二人連れ、上司と部下のような三人組に続いて、カウンターの一人客が2組と、女性のみの三人組がそれぞれの席で思い思いに楽しんでいる。

串焼きに手を伸ばした。
焼き加減が食欲をそそる。
目が食べてしまう料理は舌が食べても美味しいに違いない。
亀ヶ谷氏も串焼きを手に取り、続きを話し出した。

「腰椎ヘルニアの診断が下ってすぐに、入院しましょうとなって入院したんだけれど、店舗の店長をやっていたので、店長が突然不在になって現場が混乱して、かなり迷惑をかけたね。毎日バンバン会社の人から電話が来ていた。そういうなかで、ブロック注射といって、背骨のところに麻酔のようなものを打って神経が過敏に反応するのを緩和させたり、ヘルニアに効くという症例が出ていた薬を試したりしたんだけど、2週間くらい色々とやっても効果が出なかったんだ」

「色々やっても2週間痛みが引かないうえに、仕事の連絡もガンガン来る…。大変な状況ですね…」

「そうだね。2週間色々試しても効果が出ないから、もうこれ以上は切るしかありませんよ、というところまでいった。その時に医師が言ったのが『もし会社が待ってくれるなら、切らないで治す方法をお勧めするよ』という話だった。『海外のほうでは、温存療法といって、ヘルニアでは切らないのがメジャーになりつつある。ただ寝ているだけで治ることが分かってきている』と言われたんだよね」

頼んだハイボールが運ばれてくる。
グラスの中で炭酸がシュワシュワと弾けて美味しそうだ。
串焼きとハイボール。贅沢な組み合わせである。

「それで、その温存療法を選択したんですか?」

「そういうこと」

「そのころ、仕事のほうはどういう状況だったんですか?」

「大混乱。迷惑かけまくり」

亀ヶ谷氏はそこで言葉を切ると、当時を思い出すように続けた。
ハイボールを一口飲んで、亀ヶ谷氏の次の言葉を待つ。

「僕がやっていた仕事を誰かが穴埋めしないといけない。最初は職場近くの病院に入院していたので、連日電話が来て指示を仰ぐ話があったり、会社も『口が動くなら仕事しろ』という対応だったので、なかなか休まらない状況だったね。その様子を見ていた医師から言われたのが『亀ヶ谷さん、それじゃよくならない。腰はメンタルだからね。ストレスが原因でそうなっているから、今の状況だと治りも遅い』という話だった。それで、転院の決断をしたんだ」

「『腰はメンタル』って、直感的に結びつかないですね」

率直に、聞いた感想を伝えた。
亀ヶ谷氏はこちらに目をやって続けた。

「そうなんだよ。言われた時はビックリした。物理的に変形しているMRIの画像を目の当たりしているのに、『原因はメンタルです』と言われた時に、どういうことなのか理解できなかったね。しかも、精神を病んで『もう疲れた』『死にたい』とか思っていたわけではなく、『もっと頑張ってやろう』と思っていたタイミングだったので、メンタルと言われて少しもピンと来なかった。ただ、そう言われたことが転院の後押しになったことは確か」

亀ヶ谷氏はここまで話すと、ビールを飲み、串焼きの盛り合わせを頬張った。

話が途切れるのを待っていたかのように、だし巻き卵が運ばれてきた。

だし巻き卵

鮮やかな黄色がふんわりと巻かれているだし巻き卵は食べなくても美味しいのがわかる。
大将の腕がどれほどのものかを、これ以上ないくらい雄弁に語っている。

早速だし巻き卵を取り箸で一切れ自分の皿に移しながら亀ヶ谷氏に聞いた。

「最初はMRIを撮った近所の病院に入院していたと言ってましたね。それからどこに行ったんですか?」

「温存療法に切り替えることになって、『仕事から離れよう。血行もよくしよう』ということで、中伊豆の温泉治療をやる病院に転院することになったんだ。中伊豆に一人で行って、温泉に入りながら治療に専念した。治療に専念と言ってもただ寝てるだけなんだけどね」

「仕事のほうはなんとかなったんですね」

「なんとかならない部分もあったけど、『腰』には『要』の字が入っているように、身体の要がダメだと、本当に何もできない。何もできないことを思い知ったので、今このタイミングで治さないとどうしようもなく、治療に専念せざるを得なかった。この経験から、病気になると自分だけでなく周りの人にも迷惑をかけるということを実感した」

経験に基づいた実感を蓄えた、深い響きのある言葉だ。

「中伊豆の病院にはどれくらいいたんですか?」

「2カ月かな。だから、転院前の病院も含めると、2カ月半くらい入院したことになる」

亀ケ谷氏はここまで話すと、ちょっとごめんね、と言っておもむろに立ち上がり、空になったビールジョッキをカウンターに置きながら、トイレの扉の向こうに消えていった。

(続きは 【対談小説 第1話 その3】病を治すことを最優先すれば人間の元に戻ろうとする力はどこまでも発揮される をクリック)