2022.05.30

【対談小説 第2話 その1】年収1億円でもココロの安定なんて得られない。自分のココロに目を向けない限り。

居酒屋の入口

お金があればココロにゆとりができる。ココロが安定して、ココロの健康にもいい影響が出るーー。そういう言葉をしばしば聞くことがあるものの、本当にそうなのか疑問を感じる瞬間がある。健幸度やWell-beingをテーマに、ココロの健康についても扱っている亀ヶ谷氏はどう説明するだろう?純粋に話を聞いてみたくて、暑い日が何日か続いた後の5月の雨の夕方、氏にお会いした。氏の口から出てきたのは、氏らしい言葉であり、現代を生きる我々にとって示唆に富む言葉だったように思う。


暑い日が数日続いたと思ったら、今日は朝から曇りだった。夕方からは雨まで降り出した。

でもこの雨は、数日の急激な暑さとそのための水道使用で水位の下がった川やため池にとって、あるいは民家の庭先でハァハァ言いながら日中を過ごしている外飼いの犬たちにとって、恵みの雨なのかもしれない。

後楽園駅からほど近い一角にいる。
約束の時間の10分前に指定された店に入ると、亀ヶ谷氏は既に来ていた。

「やぁ、待ってたよ」

店の奥のテーブル席からそう声をかけられた。
店内に他にいる人たちは、その声を気にする素振りもなく話し続けている。

「お疲れ様です」

そういってテーブル席の向かいにかけた。
おしぼりを渡してくれた店員さんに、亀ヶ谷氏がビールを2杯注文した。

簡単にあいさつや近況報告をしていると、ビールが2杯運ばれてきた。
乾杯をしてグラスに口をつけると、先に亀ヶ谷氏が話し始めた。

「お金とは何ですか?といえば、価値の交換手段であると言われているね。価値観が違う人同士でも、お金という手段を使って交換することができる。それがそもそものお金の機能だ。これは、お金は他者がいて初めて成り立つし、使って初めて効果を発揮することを意味する。『これから1億円あげるけど、死ぬまで使っちゃだめですよ』と言われたら、札束が積まれていても邪魔にしかならないはず。つまり、お金は使うことが目的なんだ」

今日は、「ココロの健康とお金」について聞きたいと伝えている。
お金があればココロにゆとりができる。お金があることによってココロが安定して、ココロの健康にもいい影響が出る。
そんな説をよく聞く。
本当にそうだろうか?亀ヶ谷氏ならどう説明するのかを聞いてみたくなったのだった。

テーブルに置かれているメニューのほか、壁にもオススメのメニューが掛けられている。

「おまかせサラダ、冷奴、今日のオススメの刺身盛り合わせ、お願いします」

注文をして、亀ヶ谷氏に向き直った。
スーツ姿の3人組が入ってきた。

「お金は何にでも使えるから、『お金は自分の幸せとすごくリンクしている』というイメージが想起され、ドーパミンが放出されて幸福感が得られる。だけど、注目すべきはお金自体ではなく、お金を使って自分は何を得たいのか、そこに至る道筋はどのようなものなのかを自分が詳細に理解していることだ。得たお金と時間を次にまた再投資して自分の幸せに一歩ずつ回り道しないで近づいていくという人生が営めれば、確実に幸せのほうに近づいていける」

亀ヶ谷氏はここで一度言葉を切った。
タイミングよく冷奴が運ばれてきた。

冷奴

豆腐の大きさもさることながら、薬味が大胆に乗っていて美味しそうだ。
取り分け用の箸でそれぞれの皿に豆腐を取る。

「問題なのは、お金自体に目が行ってしまうこと。お金を否定するつもりはまったくなく、幸せになるためにお金が重要な要素を占めていることも紛れもない事実。だけど、お金さえあれば、というものでは全然なく、お金と時間をどうコントロールして使うと、どう幸せになっていけるのかを思い描く必要がある」

「『大概のことはお金で解決できるけれども、幸せの最後の1ピースはお金では埋まらない』と表現をされることがありますけど、まさにその話ですね」

「そうだね。ちょっと補足をすると、目的と手段はどんどん入れ替わっていくものなんだ。例えば、ある人が結婚したいと思った、結婚するためには痩せないといけない、痩せるためには食事管理が必要、食事管理のためには勉強しないといけない、勉強のためには本が必要、本を買うにはお金が必要、というように、目的と手段は数珠つなぎに変化する」

おまかせサラダが来た。
レタス、トマト、ワカメなど、彩り豊かな食材にごま油の風味がマッチしている。
変わり種は焼きナスだ。食べやすく一口大に切った焼きナスがさりげなく彩りに加わっている。
これも取り分け用の箸でそれぞれの皿に盛る。

「生きる最終目的はなんですか?という話をした時に、人によって答えは変わってくるよね。人生を通しての最終目的である『生きる目的』をなるべく早く確立できた人は、最も効率的に自分の時間とお金を使うことができると思う。そう思うとお金は最終目的にはならないはずで、目的と手段をきっちり分けて考えられればいいんじゃないかな」

「手段と目的を見誤らないように、という話ですね。お金を目的だと誤認するといいことにならない、何かを成し遂げる手段だと考えよう、と。そうすると『ココロの健康とお金』と言った時に、お金をたくさん持っていること、収入が高いことが必ずしもココロの健康、ココロの安定に結びつかないわけですね」

「お金は人生の全体マップの一部分の要素であって、年収が1億あろうと2億あろうと1兆円の大富豪になろうと、ココロの安定はどこまで行っても得られないよ。自分の内面に目を向けて、自分のココロを感じてみること。すると、今まで気にしてなかった他者の存在も自分のココロの安定においてとても大きな要素としてあったんだ、こんなに他者から影響を受けていたんだ、ということに気付く。そうすると、お金の使い方も変わってくるよね」

いつになく饒舌な今夜の亀ケ谷氏の話に聞き入っているうちに、スーツ姿の人々で店はほぼ満卓になっていた。

頼んでいた刺身の盛り合わせも運ばれてきた。

刺身盛り合わせ

亀ヶ谷氏はビールをおかわりしながら続けた。

「この話の中では、それぞれの人の中にしか正解はない。正解を得たいのであれば『自分の中にある』ということ。自分の内面に意識を向けたら正解が見えてくると思う」

自分の中に目を向けて、自分はどうしたいのか、どうなりたいのか、生きる目的を見出す。そこが分かれば時間もお金もその目的を実現するための手段として活用できる。
逆に、生きる目的が見出せなければ、どれだけお金を持っていても、ココロの安定にはたどり着かない。

亀ヶ谷氏のこの話は、現代人にとってものすごく示唆に富む話のような気がした。

(続きは 【対談小説 第2話 その2】思考のメカニズムと感情のメカニズムが両方とも『いいね』となるのがWell-being(ウェルビーイング) をクリック)